「組織ぐるみでお前を『買った』んだ。一生遊んで暮らせるぐれーの値段でな。」

このふざけた訪問者が俺の人生を180度方向転換させてしまうだなんて事、
俺はその時まだほんの少しだって予想がつかなかった。

というより俺がそんなに凄いヤツだってことも、その時まで知らなかったんだけど。

――俺の名前は末崎 司朗。

成績普通、運動普通、と特に取り柄の無い、平凡が取り柄のどこにでもいるような高校二年生。
そして今日は休日。郊外アパートに訳あって一人で住んでいる俺は部活にも入っておらず、
朝まで寝放題だ。ベッドの近くの目覚まし時計に目をやると、
針は二本とも時計のてっぺんを指し示していた。太陽が一番高い所にある時間だ。

「もう昼か・・・」
小さく呟いて俺は夏用の薄い布団を払い除け、
クーラーのリモコンの「運転」ボタンを押した。

ゴーッ、という音とともに、機械的な冷風が徐々に部屋を冷ます。
天国。テレビでも見てだらだらするか。とベッドから起き上がった、その時だった。

ピンポーン
――誰だ、回覧板か?

ピーンポーン
帰ってくんねーかな。

ピポーン、ピンポーン
〜〜っせぇな。めんどくせー、出るか。

涼しい部屋のドアを開けると、すぐにムッとした空気が
俺の体にまとわりつく。だーっ、あちぃ。

ピ、ピピピンポーンピポーン
・・・怖ぇよ、わかったから。連打しすぎだ。
とりあえず一階の応対用スピーカーのボタンを押して、一言。
「どちら様ですか?」
と、インターホン越しに事務的な声で尋ねる俺。すると、

「どちら様じゃねぇ!遅ぇんだよ!!このクソ暑いのに何秒待たせてんだガキ!
俺は夏と日差しが大嫌いなんだっつの!あと人と話す時ぁ目ぇ見て話せボケが!表出てこい末崎司朗っ!!」

うそーん・・・なにこれ。
誰こいつ、何で俺の名前知ってんだよ。
危ない人じゃねえの。こんな声聞き覚え無いし・・・。

「ちょ・・・今すぐ出ますんで」

いささか不安だ、マジで誰なんだろうこの傲慢な男(?)は。
出た瞬間刺されないだろうか。しかし出なければピンポンの嵐に精神的な
苦痛を伴い続ける訳だし、仕方ない。とにかく相手が相手なので、
と俺は寝る時専用のジャージのまま、特に着替えもせず急いで玄関のドアを開けた。

ただしできるだけそーっと。

「・・・・ども」
言いながら開けた隙間から顔を除かせると、
そこには真夏の日差しに照らされて汗を滴らせる若いあんちゃんが一人。

真夏なのに派っ手なマーブルカラーのロングコート。
色白。目鼻立ちくっきりしたイケメンだ。一つに結った髪の毛を、
女子高生が使うみたいな派手なコンコルドピンで持ち上げている。
ほそっこいし美形でまさに女みたいなんだが。なんか、なんつーか、アバンギャルドだ。

腕組みをして、こっちを見ながらずーんと構えている。

「ど・・・どちら様ですか?」
同じ質問を、「目を見て」再度。したらその兄ちゃんは期待通り(?)の俺様態度で。

「どうしてお前に名乗んなきゃなんねんだよ。あと客を外に出すな。入れろバカ」
何だそれー、おい何だそれー。
どんだけ自分勝手だよ、表出ろっつったのアンタだろおい。したらそのイケメンは、

「・・・んだよ、文句あんのか?俺に?殺すぞ」

俺にすっげえガン飛ばして、ずかずか強制訪問。もう止まんねーなこの人。

「あっ、俺今日はお前を夢の世界に引きずり込みに来た身だから。
とりあえずクーラーある部屋連れてって、お茶出してくんない?」

おもわず、ぽかんと口が開く。少なくとも僕の16年間の人生を思い返せば、
こんな接待しがいのある客他にはいないだろう。つか夢の世界って何、
家庭教師かなんかか?君を絶対合格させるよ!ってか、スパルタだろどーせ。
それかもしや芸能界入り!?最近俺オシャレだしな・・・・いや、まじで何だ?この人の目的は。

――そして言われるがまま。

「いやー悪い悪い、クーラーついてるし飲み物あるし・・・お前気ぃ効くな!」

・・・しかしあれだ。自分が数分前に注文したこともう忘れてらっしゃる。
その無責任さもここまでいけばホンモノだな。

で、ストローをさしたアイスティー(とは名ばかりの冷えた麦茶)を
ズルズルと飲み始めた彼。俺もとりあえず自分に用意した麦茶を一口、口に含む。

「んぁーっ、生き返る・・・あ、でさ本題なんだけど、
俺な、ここだけの話、国家機密の極秘研究組織の一員なんだわ」

「はあっ?」

開いた口が塞がらない、とはまさにこの事だ。
とてつもなく間抜けな声色の「はあっ?」だった。

「クソムカつく・・・お前ホントに何も聞かされてねぇのな、
仕方ねー、提供者の代わりに一から教えてやるから、よく聞け!面倒だけどな!」

最後の一言は余計だが。しかしなんなんだ?
提供者とかって・・・。もうさっぱりだ。

「まず重要なのは――、末崎司朗!!」

「え?はい」
すげー覇気。思わず返事。

そしてイケメンは一度大きく深呼吸して、言い放った。

「いいか、お前は――世界的な大規模科学プロジェクト、『unknown』の
重要な加担者・・・つまり言っちまうと、実験台なのだっっ!!」

「・・・・へー」
だから意味わかんねえって。

「〜〜〜っ、もう!!へー、じゃねんだよ!!事の重大さわかってんのか!?
簡単に言うとお前は・・・そーだな、ロケット乗って惑星目指す宇宙飛行士くらい
新たな科学の進歩に関わる期待を背負わなきゃなんねーの!!わかったか?」

「・・・えぇ〜、困るんすけど」
んな事言われたってちんぷんかんぷんだ。何だよそれ。

「し・ん・じ・ろ!!」

「別に疑っちゃいないっすよ、(いや、怪しいかな)でも俺ただの高校生だし・・・」
ホントにピンと来ない。つか意味わかんねぇ。

「・・・じゃあ、今からちょっと真面目に聞け」

と、イケメンは突然神妙な面持ちで静かに囁くように言う。
「一番お前にとって厳しい事は――お前はこれ以後送る生活は完全なる非日常、
つまり今お前の今生きる社会から完全に離脱、隔離されながら過ごすことになる。
学校も行かないでいいし勉強や就職からも離れられるが、今一緒に過ごしている人間達
とはもういっさいの交流や会話、通信等も許されない。家族も含めて、だ。」

「えっ・・・?」

それは、すごい事なんじゃないのか。
もしこいつの言っていることが本当ならば。

でもできるのか?人間がこんな風に嘘をつく事なんて。

「なんだ・・・よ、それ、嘘だろ?お前大体何なんだよ!?何者なんだ!?
意味わかんねえよ、いきなり来て、信じられるかよ・・・」
俺が焦って必死に問い詰めてもそいつは何も言わず、
神妙な表情のままイラつく程真っ直ぐな眼で俺を見つめている。
俺が今一番欲しい「嘘だよ」なんてふざけた一言は出そうにもない。

「なあっ、どういう事なんだよっ・・・嘘だって言えよ・・・」

「嘘じゃねえよ」
決定的な一言。有り得ない、俺の「普通」が「異常」に変わるなんて。
そんなの嫌だ。友達だっているし、好きな女子だっている。
毎日学校に行ってアホな会話してテストの勉強して、飯食って風呂入って寝る。
ちょっとタルいけど、それでいい。普通でいい、普通が良い。

「そんな訳ないっ、俺は――」
「嘘じゃねえ・・・・・・買ったんだよ、お前を。組織ぐるみでお前を『買った』んだ。」

買った?俺の思考はストップ、するどころかフル回転4倍速でその意味を
探り当てようとしている。は?買った?人身売買?バイシュン?ってやつ?

「・・・・バイシュンなんですか?」
「はあっ?」

これから始まる、俺の非日常。




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